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小さな映画館 第110幕

「ウルフ・オブ・ウォールストリート」

「インビクタス/負けざる者たち」

「ノッティング・ヒルの恋人」

「ゼロ・グラビティ」

「悪の教典」

 

「ウルフ・オブ・ウォールストリート」

レオナルド・ディカプリオ ジョナ・ヒル マーゴット・ロビー主演 マーティン・スコセッシ監督

 

【あらすじ】

若きジョーダンは大手証券会社に入社したものの、「ブラックマンデー」に襲われ、仕方なく株式仲買人として再出発する。最初こそ手数料50%のジャンク責を売っていたジョーダンだが、彼の才能はどんどん開花していく。「ストラットン・オークモント社」を設立し、投資詐欺とマネーロンダリングで大儲けしていき、まさに欲望の坩堝とかしたジョーダン。美女ナオミとも結婚したが、徐々に彼の人生が破たんしていく。

 

【感想】

テンポの良さもあってか、ダーティな部分もコミカルな部分も楽しめました。何よりもディカプリオの怪演こそこの映画の見どころでしょう。

綺麗なディカプリオではなく、とにあっく欲望に忠実なダーティなディカプリオです。

とにかく人間の化けの皮が剥がれたように、乱痴気騒ぎをし、ドラッグを吸引し、金をまるで紙切れのように鼻をかむ生活。これって卑しいと思うと同時に、一度はやってみたい、と思わせるなにかってありますよね?

資本主義というより、金にあまりに信用がある世界では、金こそ無秩序の中のルールになり、実体のない権力となります。

だけど清潔な金で稼げるほど世の中は甘くありません。善か悪かではなく、金のためには手段を択ばないジョーダンたちというのは、たちが悪くとも、この世界のトップに近い部分に存在するんです。そうした物質主義的な人間がトップに立ったらどうなるか?人間は欲の対象でしかなくなります。人間が金を生み出す道具になってしまうんです。

だけど金と人間の信用は必ずしもイコールにならず、バランスが崩れるとすぐに人生は崩壊してしまいます。

アメリカンドリームという言葉の裏には、そうした人間の欲もあるんです。

 

ジョーダンは口のうまさでどんどん成り上がっていきましたが、行きつく先は地獄でした。

どんなに最高級のものを食べても、どんな最高級の娼婦を抱いても、こんなに虚しいことはありません。最高級の上はないんですから。

 

「インビクタス/負けざる者たち」

モーガン・フリーマン マット・デイモン主演 クリント・イーストウッド監督

 

【あらすじ】

1994年南アフリカ共和国。黒人初の大統領となったネルソン・マンデラ。マンデラは自身を痛めつけてきた白人たちにも平等に接していき、ボディガードチームも白人、黒人の混合にした。

当時アパルトヘイトの象徴であったラグビーは黒人に不人気であったが、マンデラは南アフリカ代表チームを白人と黒人の国「南アフリカ」の象徴にしようと考える。マンデラはチームの主将フランソワと会談をする。

 

【感想】

史実というのは時に物語を超えるドラマ性を持っている。

アパルトヘイトに反対し続け、27年間46664の独房に入れられていたマンデラだけども、彼は大統領になっても決して白人に対する報復をしませんでした。

しかし元々虐げた者、虐げられた者がいきなり和解するというの難しい話です。白人たちは報復を恐れ、黒人たちは怒りを忘れません。

そこでマンデラが着目したのが”スポーツ”です。なんでもよかったというわけではないでしょうが、スポーツ、特に団体競技はチームと観客、つまり国民をひとつにすることができます。

しかしこれも賭けなんです。もしも代表チームが負け続けてしまったら、結局のところマンデラの支持はなくなってしまいます。

そんな危険な賭けでもありましたが、マンデラは彼らに未来の南アフリカを賭けたのです。いえ、信頼したといったほうがいいかもしれません。

 

ただこの映画に少し難があるとしたら、不調だったチームが強くなった理由があまり描かれていないのが残念でした。

もちろんマンデラに声をかけられたフランソワたちの意識が変わったというのは確かなんですけど、だからといってフィジカルが変わるわけではないですからね。

まあこの映画がスポーツ映画ではありませんから、そこらへんは無粋なのかもしれません。

 

現代も人種の諍いは絶えません。

境界線というのは引くべきか、引かざるべきか。

難題ですが、人間の永遠の課題だと思います。

 

「ノッティング・ヒルの恋人」

ジュリア・ロバーツ ヒュー・グラント主演 ロジャー・ミッシェル監督

 

【あらすじ】

バツイチの冴えない旅行書専門店の店主、ウィリアムはある日どこかで見たようば女性と出会う。それはハリウッド女優のアナ・スコットだった。彼女と出会ってから付き合っては離れるふたり。アナは意を決してジョーダンにプロポーズするも…。

 

【感想】

 

冴えない店員=ヒュー・グラント(はあ?)

 

名女優ジュリア・ロバーツとラブロマンス映画といえばこの人、なヒュー・グラントによる恋愛映画です。

とにかく周囲の登場人物がみんな優しい!いろいろ抱えている人もいるけど、それすら乗り越えていこうとする前向きさがあります。

だからこそこの映画はグダグダにならずに済んだのではないか、と。

正直ウィリアムとアナとの関係はじれったかったですし、男の自分からの目線だと、正直なぜそこまで彼女に執着するかわからない部分もありました(苦笑)まあ顔見てもすぐにわからないくら、別にファンじゃないため、ひとりの女性として好きになったんだ、という演出は良かったんですけど、一体彼女のどこに惚れたのか、経緯が端折られていたのが残念です。

 

さてアナはプライベートがすべて晒される生活を送ってきた女性です。順風満帆なようで、その裏では過酷なことが多いんです。だからホームパーティの時、みんな彼女の話を冗談として受け取りました。そう、人生なんてものはいいか、悪いかというのは当人次第なんです。

ウィリアムはどこか自信がなく、平凡な人生を送っていましたが、アナとの出会いによって変わります。アナもまた派手さはないけど、誠実なウィリアムという止まり木に出会うのです。

 

最後はまるで「ローマの休日」のような演出でしたね。

いろいろスキャンダルもあったアナですけど、ああいうプロポーズを受け入れたんだから、恐らく世間の評判は掌返しでしょ(ゲス顔)

 

「ゼロ・グラヴィティ

サンドラ・ブロック ジョージ・クルーニー主演 アルフォンソ・キュアロン監督

 

【あらすじ】

メディカル・エンジニアであるライアン・ストーン博士は宇宙飛行士マットのサポートのもと、地球上空60万メートルの宇宙空間でデータ通信システムの故障の原因を探っていた。そんな時、破壊された人工衛星の破片が別の衛星に衝突し、新たにテプリが発生し、ライアンたちのもとへ飛んでくる。次々と衛星が壊れていき、とうとうヒューストンとの通信も切れてしまった。

 

【感想】

邦題は「ゼロ・グラヴィティ」ですが原題は「グラヴィティ」です。つまりまったく逆の意味なんです。

まあそこは置いといて、この映画の良さをまず挙げるとしたら、それは90分という尺にまとめたことです。この映画、ちょっとでもだれると冗長になりかねない要素が多々見られましたからね。

専門家たちから見れば結構突っ込みどころが多いらしいんですけど、こっちはずぶの素人ですから、あくまで映画の感想を書きますね。

とにかく宇宙という空間の静けさに感動しました。よく宇宙を題材にした映画となると、壮大なBGMがかかりますよね?

♪Don't wanna close(自主規制)

この映画ではそうしたBGMはほとんどなく、とにかく宇宙の静けさが不気味で、とにかく怖いんです。序盤のジョークがその味を引き立ててますよね。

くだらないジョークで会話しあっていたはずなのに、気が付けば宇宙という人間が無力になる空間で孤独になるわけです。どれだけそれが恐いことか。

とにかくこの映画は宇宙の景色やカメラワークにすごいこだわりを感じましたね。

最後は予定調和的になオチですが、大地を踏みしめるあの感じの終わり方は良かったです。

 

「悪の教典 序章」

伊藤英明 中越典子主演 三池祟史監督作品

 

【あらすじ】

アメリカの企業で働いていた蓮実は日本で教師となる。生徒からの人望も厚く、スクールカウンセラーの聡子もまた彼に想いを寄せる。しかし数学教師の男は彼女に警告する。

 

【感想】

まあ、映画ではないんですけども「悪の教典」の序章です。

犬のエピソードをのぞけば、爽やかでイケメンな人気の先生の蓮実。聡子も最初はそう思っていましたが、徐々に彼の本性を紐解き、最終的には謎の退場のさせられ方をします。

ここでは蓮実のまるで善人のような部分を強調し、陰の部分を数学教師や聡子に負わせるというおもしろい演出です。

 

「悪の教典」

伊藤英明 二階堂ふみ主演 三池祟史監督

 

【あらすじ】

英語教師の蓮実は有能で人気者であったが、自分に都合の悪い人間は排除するサイコキラーだった。

一部の生徒は彼を疑うが、蓮実は本性を現し始める。

 

【感想】

正直なところ、原作を読んでいないので申し訳ないんですけど、内容がちょっとな…。

サイコパスを題材にしたのはいいんだけども、やりすぎ。

というよりサイコパスは心理なんて分析しても仕方がないというように、蓮実の内面は深く語られません。まあ蓮実の異常性を語るには、内面は邪魔でしかないのですけども。

ただ最後の殺戮劇はただただ冗長。というか蓮実タイプのサイコパスって計画的で頭のいい人間のわりに銃をぶっ放すのは場当たり的。だからこそ駒のように死んでいく生徒を見ても、非情な蓮実を見ても、特になんの感動もなかったです。ただただ銃声のうるささと生徒の流血を見るだけでした。

個人的には微妙な出来でした。

 

author:トモヤムクン, category:-, 18:05
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小さな映画館 第109幕 特別篇「夏のJ・ホラー」

「オーディション」

「着信アリ」

「アイズ」

「ノロイ」

「クロユリ団地」

 

「オーディション」

石橋凌 椎名英姫主演 三池祟史監督

 

【あらすじ】

数年前に妻を亡くした青山は息子のすすめで再婚に前向きになる。同僚のセッティングのもと女優オーディションを行い、再婚相手を探すことに。参加者のひとり麻美に恋をした青山は彼女と会うが…。

 

【感想】

 

いたたたたたたっ!

ああああああいたたたたたっ!!!!!!!!

 

麻美の淡々とした様子がとにかく怖い。

ただ彼女の生い立ちを考えていくと、こういうソシオパスみたいな人物になるんでしょうね。

愛情を受けてこなかったが故に、愛情を欲する。

青山は彼女を愛すると誓ったけど、彼には愛する息子がいるわけです。もちろん彼としては「他の女性」を愛さない、ということだったんですが、麻美の場合はとにかく「愛」に飢えていたわけです。

それにしても体は死んでも、精神(痛覚)が残る拷問って最悪ですよね。

最後はなんとか息子が助けてくれたからいいものの、両足はなくなってしまったわけですから。

 

「着信アリ」

柴咲コウ 堤真一主演 三池崇史監督

 

【あらすじ】

由美の友人は謎の電話によって次々と死んでいく。彼女は妹を亡くした山下とともに着信から身を護ろうとするが…。

 

【感想】

 

教訓および結論:合コンに行かないこと

 

さあさあ一世を風靡した「着信アリ」。携帯が普及したころですから、より恐怖が身近なものになりましたね。

今でも怖いですよ。あの不快なメロディ。作曲した人はどれだけ恐怖を与えるかわかってますね。

若干殺し方のバリエーションが豊かで、「ええ…」って思う部分もあったんですけど、きちんと謎解きの部分もあって面白かったです。

テーマも根本は結構暗いんですよね。由美も美々子も、母親からの虐待が引き金なんですから。ただ結局最後の由美の笑顔はなんなんでしょうか?恐らくですけど、由美は死んだものの、魂のようなものが山下を救ったのかもしれません。彼が刺された後、「病院に連れて行ってあげる」と言ったのは、まだ由美の意志があったからだと思います。そして山下は夢(?)の中で美々子を救いました。

ただ正直続編が出ていて、僕はまだ観ていないので正解がわかっていない状態です。だから続編も観たいと思います。

 

あ、あと何が一番驚いたって、

 

原作・秋元康

 

会いたかったー♪

 

やかましいわ!

 

「アイズ」

伊藤万理華主演 福田太平監督

 

【あらすじ】

女子高生の由佳里は、ある日マンションの表札に「F」というマーキングを見つける。それ以来周囲では不幸や不可解な出来事が続発する。

 

【感想】

 

アイドルなんて…みたいな偏見ってあると思うんです。だけどアイドルっていうのは必死に演じ切ろうとする、という意味では俳優にだってなれます。

今回乃木坂46の伊藤さんが主演ですけど、演技力はなかなかのもので、本当に観客を引き込むものがありました。

 

全体的に難を言えば、ホラー映画特有といいますか、セリフが聞き取りづらくて、一体何をしゃべっているのかがわからないことです。

 

さて主人公の由佳里による幻想だというオチでした。これは結構序盤からわかりやすいんですよね。会話のちぐはぐさとかもそうですけど。ただ物語はすべて由佳里視点ですから、そこをうまく利用してミスリードするような演出は良かったです。

それになぜそうしたトラウマを負わないといけなかったのか、という描写も最後に明かされましたね。弟が死んだ、女に自分のせいだと罵られた、そして父親はすべて知っていた。

最後に由佳里の目が異様に大きくなりますよね。あれって、結局加害者の女のように、憎しみがこもってると思うんです。だから結局彼女は父親を殺したんじゃないかと思います。

母がおかしくなり、弟を殺したのはすべて父親のせいだと。新たなる防衛本能が働いて終わるわけです。

そういう意味での、「Eyes」というタイトルは良いですね。

 

ただですよ、当然突っ込みどころはあるわけです。

友達もいて、9年間弟がいる設定を指摘されなかったのはおかしいという点や、結局あの自殺未遂の男の子の役割が曖昧、というより、キーマンになるのかと思えば最終的に株情報くらいしかなかったことかな。

 

「ノロイ」

村木仁 松本まりか主演 白石晃士監督

 

【あらすじ】

元々ホラー関係のプロデューサーで怪奇現象に興味を持つ小林。ある主婦から「隣の家から赤ちゃんの泣き声がする」という依頼を受けた。トークライブで顔を合わせたタレントと松本まりか、そして奇妙な霊能力者堀。彼らはいろいろなノロイに巻き込まれていく。

 

【感想】

友達からおすすめされたので観ました!

 

ドキュメンタリー風に撮られたこの映画は、まるでさも実在しているかのようです。だからこそ映像が生々しい。それに出てくる霊も、はっきりと出てくるわけでもなく、だからこそ怖い。そして何よりも怖いのは「村」や「儀式」という古来から伝わる慣習。

 

物語は小林の失踪と妻の焼死から始まるわけです。もうこの時点で話に引き込まれましたよ。言ってしまえば最初にオチを披露するようなもんですからね。

そして実在のタレントを実名で出し、まるで現実世界のドキュメンタリー感を出していきます。

一方でバラエティ番組に出てくる、透視ができる少女の存在。彼女はテレビではまるで天才児のように取り上げられますが、彼女は「たぶんね、もう全部だめなんだよ」という言葉を残して行方不明に。

そして奇妙な霊能力者で、こちらもバラエティ番組では明らかに変人として取り上げられた堀。

序盤から様々な話が交互に出てきて混乱した人は多かったと思います。しかしこれらの物語と登場人物が最後につながった瞬間、背筋がぞくっとしました。

何よりも最後の少年が正体を現し、その後ろに少女がいた場面です。妻は正気を失い、自らに火をつけて、気づくと発狂。こんな地獄絵図で終わるわけですよ。

それでいて小林はこの映像を編集部に送りつけながらも、未だに生死不明。

 

まあいろいろ突っ込みどころはあったものの、実在するような恐怖を描いているこの作品。結構好きです。

 

「クロユリ団地」

前田敦子 成宮寛貴主演 中田秀夫監督

 

【あらすじ】

クロユリ団地に引っ越してきた明日香は、隣人の老人の死体を発見する。老人の部屋の清掃人の笹原の力を借りて、老人の伝えようとしたメッセージを突き止めようとするが…。

 

【感想】

 

確かに気になるよね…。

成宮くんの行方

 

割と古典的な展開でガッカリしたのは否めません。

正直展開的にどう転がしたいのか微妙にわかりづらい。老人、みのるくん、清掃員の彼女、バス事故。いろいろごちゃごちゃにし過ぎ。もうちょっとシンプルでよかった。

 

以上。

 

author:トモヤムクン, category:-, 17:32
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小さな映画館 第108幕

「華麗なるギャツビー」

「ダンサー・イン・ザ・ダーク」

「ノア 約束の舟」

「女優霊」

「失踪」

 

「華麗なるギャツビー」

ロバート・レッドフォード ミア・ファロー主演 ジャック・クレイトン監督

 

【あらすじ】

ニューヨークの郊外、ロングアイランドのウェストエッグにある豪邸で毎夜絢爛豪華なパーティが繰り広げられていた。隣に住むニックは豪邸の主ギャツビーと知り合いになり、親類のデイジーと引き合わせることに。ギャツビーとデイジーには愛し合った過去があった。

 

【感想】

原作が大好きで、原語でも読んだ「華麗なるギャツビー」。ただ原作への思いが強いためか、この映画は十分に楽しめない部分が多々ありました。

ロバート・レッドフォード演じるギャツビーの美男子ぶりはいいのですが、個人的にギャツビーはロマンと悲哀を包括したような人物です。何よりもデイジーを愛し、空しいパーティーを開きながら、彼女を待つ姿。原作では月夜に立つ彼の姿がとても印象的でした。しかしそうしたもの悲しさがこの映画にはありません。BGMでなんとか盛り上げようとしていますが、映画のギャツビーはどちらかといえばデイジーに執着し過ぎる感じがします。

 

この物語の対比としては上流階級の人々と、対極をなす車の修理屋などの下層階級の人々。そして物語のファクターとなるニックはどちからかといえば中流階級という立場で、つまり彼らの中間でものを観る、ある意味で平凡、ある意味で公平な登場人物なんです。だからこそ双方の価値観の差異がはっきりと描かれています。

上流階級の人々は無目的に乱痴気騒ぎをし、エゴの塊のように勝手なふるまいをする。一方の下層階級の人々はそうした上流階級の人たちから仕事をもらい、尚且つ憧れるんです。マートルはその典型ですね。なんとかトムの愛人になりますが、それでも上流階級の場では浮いていました。

ニックはというと、そうした人々の間にいるからこそ、語り部として、そしてギャツビーの親友としての立場が確保できたのです。

 

デイジーは裕福な家庭の生まれで、上流階級の人間です。それでも若い時貧乏だったギャツビーに恋をします。しかし彼が貧乏であるということ、つまり豊かな暮らしをしていたデイジーにとって、愛よりも豊かさのほうが重要だったのです。

対照的にギャツビーは愛のために豊かさを手に入れようとします。だけど最終的にはどちらも失うわけです。

この物語において、精神的な豊かさと物理的な豊かさはまったく比例しないんです。どちらかをとれば、どちらかを失います。

これはアメリカンドリームの虚無感です。

 

その中でニックとジョーダンは均衡した関係を保ちます。どちらも冷静で、エゴイズムとはまた違う人間だからです。

ギャツビーは上流階級の、物理的な欲深さの人間ではありませんでした。だからこそニックも共感できたんです。

 

愛は金で買えるか、なんて問答をたまに聞きます。実際どうでしょうか?貧困のうちに愛を貫けるでしょうか?逆にありあまる金持ちになって、本当の愛が貫けるでしょうか?

富というのは人々を狂わせる一種の夢です。

 

 

「ダンサー・イン・ザ・ダーク」

ビョーク主演 ラース・フォン・トリアー監督

 

【あらすじ】

1960年代のアメリカ。チェコからの移民のセルマは息子のジーンと暮らしていた。貧乏だったがセルマは周囲に支えられながら幸せに暮らしていた。しかしセルマは先天性の病気で視力が失われつつあった。ジーンもまたセルマの遺伝で失明をする運命にあり、セルマは必死に手術費を貯めていた。しかしある日、友人で警官のビルが自分の貯金を盗んでいたことを知り、彼ともみ合いになり、銃が誤発してしまう。

 

【感想】

やさしくて、切ない。静かな闇の中に響く叫び声。でもそこには必ず愛という光があります。

 

歌手としても名声を得ているビョークですが、演技もまた光るものがあります。

今作は「後味の悪い映画」のNo.1とよく言われるんですけど、僕自身、この作品を観た後は後味の悪さよりも、切なくてあたたかいものが残りました。

 

セルマは移民としてアメリカにやってくるわけですが、アメリカはそうした移民であっても受け入れ、仕事を与えてくれる国であり、彼女自身、「アメリカはいいわね」というシーンがあります。しかしそんな彼女を待っていたのも、アメリカの洗礼でした。

友人であり恩人のビルは金の工面に困っていました。セルマの貯金を目にしたビルは魔がさしてしまいます。そうした揉み合いの末にあの悲劇が起こるわけですが、ビルにもまた悲しい側面がありますよね。妻を安心させてあげたい。それには金がいる。彼を決して擁護するわけではありませんが、運命の巡り合わせ、人間の理性の未熟さというのは誰にでもあるんです。

だからこそビルは「殺せ」と言ったんです。罪を犯した自分を。

セルマはどうしようもなく、ビルにとどめを刺してしまいます。この時点で実は冤罪とも言い切れないんです。もちろん最初の誤発射は彼女の罪ではありません。

 

今回の映画で、仮に憎らしい登場人物を挙げるのなら、それは検察でしょう。

なぜ60年代のアメリカなのか?50年代のアメリカはマッカーシズムと呼ばれる、「赤狩り」がありました。赤とは、当時敵対していたソ連などの共産主義者のことです。検察は移民であり、「共産主義を崇める」と主張して、陪審員に印象をつけようとしました。それはかなりの心象の悪さになったでしょう。この時点で彼女はアメリカという国に裏切られるんです。

 

そしてセルマは息子が失明する事実を知ってほしくないために、黙秘をします。

ここが実は賛否がわかれるところじゃないでしょうか。

キャシーが言っていました。「母親として生きていることのほうが大事だ」と。

しかしセルマは息子が孫の顔が見られるよう、失望せず、手術を受けられるほうが幸せだ、と。

どっちが大事か。そんなことはわかりません。

最後にセルマはジェシーが手術を受け、成功した喜びをかみしめて死んでいきます。たしかにセルマは納得して死んでいったのかもしれません。しかしジーンの立場ならどうでしょう?たったひとりの母親が自分のために死んでしまったわけです。たしかに息子にとっての光にはなったかもしれませんが、同時に闇を作ってしまうんじゃないでしょうか?ひとつ救いを見出すのなら、それはキャシーという心温かい女性にジーンを託すことができたことでしょう。

 

コミカルなミュージカルシーンはなんとも切なくなります。あれはセルマの願望であり、幸せなイメージなんです。それと対比する独房の静けさはあまりにも残酷。だけど同時に儚いものがありました。

 

人間はひとりの命であっても、護りたいもののためにはその命さえ投げ出す瞬間があります。

恋人でも夫婦でも親子でも、愛は光になるんです。

 

これは最後の歌じゃない…

 

「ノア 約束の舟」

ラッセル・クロウ ジェニファー・コネリー エマ・ワトソン主演 ダーレン・アロノフスキー監督

 

【あらすじ】

ノアは妻と3人の男子といっしょに暮していた。ある日ノアは洪水で人々が死ぬ夢を見て、祖父メトシェラを訪ねて旅に出る。途中、賊に襲われケガをしていた少女イラを助ける。泥の巨人オグはノアを信じ、協力する。しかしノアたちの前にはトバル・カインに率いられた軍勢が現れる。

 

【感想】

正直、日本人の僕たちからすればノアの信条というのは理解しがたいものがあります。むしろトバル・カインたちのほうに共感するはずです。

旧約聖書の「ノアの方舟」は多くの人が知ってるし、西洋人なら当然の話なのかもしれません。

まあざっくり言えば神に似せて創った人間の、あまりに欲深いことに嘆いた神様が人間を一掃してしまうというお話。ただノアというのは「義しい人」なので、彼と彼の家族、そして動物を乗せる方舟を造らせて、洪水を免れるよう指示するんです。

そこまではいいんですけど、この映画では大胆な解釈をします。それはノアは正しいのか?ということです。

聖書の中では当然のようにノアは正しい人として登場します。しかしこの映画では神に従う彼と夫や父親としての彼の煩悶がテーマになっています。

たしかに僕も監督と同じように思ったことがあります。果たして滅ぼされた人間全員「悪人だったのか」と。そうなんです。必ずしも悪人だけじゃなかったはずなんです。それなのに神はノアとその家族しか救いませんでした。これって言ってしまえば、神に対する疑問符を突き付けてるんですよね。だから熱心な信仰のある国では上映中止になっています。

 

もっといえば忠誠心・信仰心vs虚無主義者(ニヒリスト)もしくはヒューマニズムの闘いなんです。

日本人からすれば、明らかに後者の立場で観てしまいます。

神に従うよりも、例え誤りだとしても、家族愛のほうを選ぶのが僕たち日本人の価値観じゃないでしょうか。この映画も結局はそういうところに落ち着いてるんです。

ただ納得いかないのは、これは結局神がノアの選択を試したんだよ、というオチ。もちろん、その後もノアの子孫たちの系譜で続いていくわけですから、どうしようもないけど、これはどうにかならなかったのか。個人的には沈黙を貫く神に対する疑問を呈するような終わり方でもよかったと思う。

まあ、「家族」だろうと「友人」だろうと「愛」は根本的なテーマだったね。

 

「女優霊」

柳ユーレイ 白鳥靖代主演 中田秀夫監督作品

 

【あらすじ】

映画監督の村井はデビュー作を製作中、撮影していたフィルムに別の映像が紛れ込んでいることに気づく。村井はその映像に何故か見覚えがあった。撮影は順調にいっていたと思った矢先、奇怪な出来事が次々と起こる。

 

【感想】

久しぶりに女の子のように叫んだね(真顔)

 

ジャパニーズ・ホラーの代表的な監督といえば中田秀夫と脚本家の高橋洋。このふたりはのちに「リング」を世に送り出し、一躍日本のホラー映画の代表格になっていきます。

この作品はその先駆けともいえるもので、76分程度と短いものの、十分にホラーな要素が盛り込まれています。ただやはり「リング」などに比べると、その恐怖度は少し劣ります。終盤の女性の幽霊が堂々と出てきた瞬間に、若干ですが興ざめした自分がいました。それでも恐怖を覚えたのはやはりあの高笑いでしょう。それは優越なのか、憤怒なのか、虚無なのかわからないような高笑いは耳に残ります。

個人的にはもうちょっと長尺でもよかった気がします。あまりにも冗長すぎるのも難ですけど、短すぎるのも考え物です。

それにしても女優の白鳥さんは綺麗な人ですね。監督じゃなくても、彼女に惚れ惚れする気持ちがわかります。

 

「失踪」

ジェフ・ブリッジス キーファー・サザーランド主演 ジョルジュ・シュルイツァー監督

 

【あらすじ】

恋人であるダイアンがサービスエリアで失踪して以降、ジェフは彼女を探し続けた。新しい恋人リタも彼に呆れるが、ある日彼のもとに犯人を名乗る男が近づく。

 

【感想】

 

これは幾度もテロ事件を解決してきた男の、髪がふさふさで美男子だったころの話だ。クソォッ!

 

さてさて、ジェフ・ブリッジス、キーファー・サザーランド、名優が揃ったサスペンスですが、正直サスペンスとしても、ミステリーとしても、ドラマとしても微妙な出来なのが残念。

最初のわくわく感はあるんです。ふたつのストーリーが交差する感じが。バーニーのサイコパス的な面を押し出した序盤はまだよかったんですけど、そこからジェフの未練たらたらというより、彼女よりも失踪の謎が解きたい!なぜなら、小説家だから!みたいな設定が少々雑。

そしてダイアンの失踪の謎!これが一番しょぼ過ぎる。すごい期待をもたせるんですよ、バーニーは。生死さえ曖昧にしてるんですよ。なのに結局薬で眠らせて、棺の中にいれて、埋めるて!!安直すぎるわ!

あといくら15分で目覚める睡眠薬とはいえ、飲まされたら若干のふらつきや弱りはあるでしょ。あと、結局バーニーの娘はどうしたー!!

あと恋愛部分もイマイチ!リタは魅力的な女性だけど、ジェフに惚れる理由がイマイチないのが残念。

と結構文句を言ってしまいましたが、役者よりも脚本家と監督に難のある映画です。

author:トモヤムクン, category:-, 17:19
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小さな映画館 第107幕

「ブラッド・ダイヤモンド」

「ベニスに死す」

「グラディエーター」

「乱」

「悪魔は誰だ」

 

「ブラッド・ダイヤモンド」

レオナルド・ディカプリオ ジャイモン・フンスー主演 エドワード・スウィック監督

 

【あらすじ】

内戦が続くアフリカ西部シエラレオネ共和国。漁師のソロモンは反政府勢力RUFによって村を襲われ、息子を浚われる。ソロモンはRUFの資金源となっているダイヤモンドを採掘するために強制労働をしていた時、偶然ピンクがかったダイヤモンドを見つける。その時政府軍によって攻撃され留置場へと連行されたソロモンはローデシア出身の白人アーチャーと出会う。

 

【感想】

ディカプリオ主演作の中でも1,2を争う名演と名作。

人間の浅ましさ、強欲さ、残忍さ、それらがすべて詰まっています。たったひとつのダイヤを巡って、です。

ダイヤは確かに美しく、その価値は古来より高貴なものとされてきました。しかし、例えば飢饉があった場合、ダイヤは何の役に立つのでしょう?ダイヤで満腹にできるでしょうか?美しい以上の価値がそこにあるのでしょうか?

しかし人間はどこまでも欲を追い続けます。

アフリカでは同じアフリカ人同士が殺し合い、そこに西洋人たちがあらゆる利権を求めて介入していく、まさに地獄絵図です。

ソロモンは貧しくても、医者になりたい息子や家族を愛していました。ダイヤ以上の価値のあるものです。しかしそれが無残にも奪われてしまいます。

一方のアーチャーも両親を殺されており、国に翻弄された男です。彼はダイヤの密売をしていましたが、ソロモンやボーエンと出会い変わっていきます。最後にはダイヤモンドにも勝るものを手に入れ、静かに眠りました。

映画の最後にも書いてありましたが、例え紛争が一時終結しても、少年兵はたくさんいるんです。少年兵ほどむごいものはありません。なんのために生まれてきたか、なんのために戦うのか、それらすべてが利用されるんです。ソロモンの息子ディアは今後苦しむと思います。例え薬漬けにされ、命令されていたとはいえ人を殺してしまったんです。だからこの話は、その後こそ重要なんです。

 

人種間の争いは欲からもくれば、それは恐怖からも来ます。争い自体はなくならないにしても、努力を怠ることをしてはいけません。

肌の色で争うのは本当に醜い。どんな肌の色をしていたとしても流れる血の色は同じなのに…。

 

「ベニスに死す」

ダーク・ボガード ビョルン・アンドレセン主演 ルキノ・ヴィスコンティ監督

 

【あらすじ】

静養のためにベニスに訪れた作曲家のアッシェンバッハは、ポーランド貴族の少年タジオと出会い、その美しさに理想の美を見出す。しかしベニスでは疫病が流行っていた。

 

【感想】

 

トーマス・マンを好きになったのは三島由紀夫のおかげです。彼がことあるごとにマンの影響を語るうち、読んでみたくなったんです。するとマンを読んでいくうちに、どれだけ彼が三島に影響を与えたのかがわかりました。それどころか、マンの一部を模範して作られている作品もあるくらいです。

原作「ヴェニスに死す」では作家として登場するアッシェンバッハですが、今回は友人のマーラーと重ね合わせた作曲家として登場します。

さて注目すべきは友人アルフレッドと繰り広げる「美」に対する討論です。

アッシェンバッハは「美と純粋さの創造は精神的な行為だ」とし、美と純粋さは理性と知性から生まれると主張します。しかし友人は「美は感覚に属するものだ」と反論するんです。

アッシェンバッハは感覚という曖昧なものを否定します。「感覚に対して優位に立つことで、真の英知に到達できる。さらに真理と人間的尊厳へも」。さらに悪魔と芸術家の同一性を否定します。芸術家になるのも、悪魔になるのも、それは理性によって決まることだと。

それに対し友人は「それは何の役に立つ?」とし「邪悪は必要だ。天才の食糧だ」と主張しました。つまり天才の中にも「悪魔」と同一であることがあります。

それでも「芸術家はバランスの象徴であり、曖昧ではいけない」とするアッシェンバッハ。しかしアルフレッドは「芸術は曖昧だ。特に音楽はその性格が強い。それが自然科学をもつくった」とし彼はピアノを弾き、「どうにでも解釈ができる」とし「音楽」という芸術の曖昧さを強調しました。芸術は各々の解釈次第でなんとでもなってしまうという、「芸術」の完璧性に対する欠点を言い当てたのです。

 

アッシェンバッハは理性をもって美を追求しようとしましたが、それが突然終わりを告げるのです。それこそタジオという美しい少年の登場でした。それは自然的に発生した、彼にとっての究極の美なのです。アッシェンバッハはアルフレッドの言うように感覚でそれを捉えたのです。

老いたアッシェンバッハは「少年」の美しさを追っていきます。しかし美しいベニスの街を覆うのは「コレラ」でした。観光が経済と直結しているベニスの人々は、例え疫病が流行っていても、観光客が減ることを懸念して口をつぐみました。忍び寄るのは「死」。しかしアッシェンバッハは死よりも美を選択しました。

「(砂時計の)砂の上の部分がなくなった頃には、終わっている」というように最後はアッシェンバッハはタジオの美しい姿を目に焼き付け、死んでいきました。

 

タジオは本当に同性であってもその美しさを認識します。この映画を「少年愛」や「同性愛」で観る人もいるかもしれません。しかしこれはあくまで芸術家の理性を超えた「美」がテーマです。

美少年というのは決して彼自身が努力をした結果ではありません。自然に兼ね備えた美なのです。ただし、その美でさえ、人によっては醜悪にも映ります。そう、その美を捉えるのは、やはり各々の感覚なのです。美というのは自意識の究極のエゴであるのです。

 

「純粋さは努力ではどうにもならない。この世で老人ほど不純なものはない」

 

「グラディエーター」

ラッセル・クロウ主演 リドリー・スコット監督

 

【あらすじ】

ローマ帝国の皇帝であり、哲学者でもあるアウレリウスのもと、将軍マキシマス・デシムス・メレディウスはゲルマニアに遠征し、勝利を勝ち取る。すでに老帝となっていたアウレリウスは息子のコモドゥスの野心を警戒し、マキシマスにローマを頼むと託す。しかしコモドゥスはローマの皇帝となり、マキシマスを殺そうとする。逃れたマキシマスは愛する妻と息子を殺されてしまう。失意の中、マキシマスは奴隷となってしまうが、剣士(グラディエーター)となり、再びローマ帝国へ戻る。

 

【感想】

かっこいい!!ラッセル・クロウはやっぱこうでなくちゃ!って感じの映画。

とにかくローマ帝国時代ってワクワクするんですよ。ハンニバルやスキピオが活躍したポエニ戦記、ゲルマニア人との攻防、カエサルの独裁と暗殺。

長いローマ帝国は数多くの皇帝を生み出しました。カエサルの意志を継いだ初代皇帝アウグストゥスからいろいろいたわけですが、とりわけマルクス・アウレリウス・アントニスは五賢帝最後のひとりです。世界史でも名前が出てきますし、「自省録」は有名ですね。そんな名帝にも汚点がありました。それが息子のコンモドゥスです。野心家でとにかく疑心暗鬼。ただこれには映画では描かれていない内容もあるわけです。

この映画はそんなコンモドゥスを、言ってしまえば「悪」の皇帝として描かれています。

主人公のマキシマスはローマに忠実で、家族思いの主人公。部下からの信頼も厚く、とにかく人に愛される男です。

ただはっきり言えばこの映画、マキシマスを主人公に見せかけて、案外コンモドゥスにスポットを当てています。父から見放され、姉からも警戒され、誰からも愛されないんです。おまけにローマの民衆までマキシマスの見方をしてしまいます。そんな姿を描かれるわけですから、どうしても「まあ悪くなるわな」と思わざるをえないんです。

実際のコンモドゥスは暗殺されてしまいます。まあ結構非道なことばかりしてましたからね。ただこの映画ではマキシマスの手によって殺されます。だから殆ど史実とは違うんですけど、史実にしろ、映画にしろ、なんとも救いようのない死にかた。最後はいわゆる「理想のローマ帝国」を取り戻そうで終わります。

すごくシンプルな物語の中に、「闇」と「光」をみせ、なおかつ2時間半以上の長丁場を飽きさせない、リドリー・スコットの演出は良かったです。

 

「乱」

仲代達也 原田美枝子主演 黒澤明監督

 

【あらすじ】

戦国時代、齢70の秀虎はうたた寝で悪夢を見たため、突如隠居を表明する。秀虎は息子たちの団結を説くが、三男の三郎は父親の弱きさに懸念を訴える。しかし秀虎は激高し、三郎を追放してしまう。秀虎は長男の一郎の城に身を寄せる。一郎の正室楓の方は「馬印がなければ形だけの家督譲渡に過ぎない」とし、馬印を父から取り戻そうとするが、そこで小競り合いが起き、秀虎は一郎の家来のひとりを射殺してしまう。そのことで一郎も領主の立場に従うように言うが、秀虎は拒否し、二郎のもとへ。しかし二郎もまた父を無下に、しまいには息子たちが自分を殺そうと迫りかかったことで、狂ってしまった。

 

【感想】

正直な話、「リア王」が下敷きになっている時点で物語のオチは大方読めます。しかしそれを日本で成し遂げた黒澤明の手腕。まさに見事としかいいようがありません。恐らく、日本映画はこの先このくらいのスケールの映画は撮れないかもしれません。

さて、この映画はいわば戦国の世の、人間の欲望と愛憎が描かれています。秀虎はたしかに名のある戦国武将であっても、それは血なまぐさい所業の果ての成功です。そこには多くの涙が流れています。末のように憎しみから解き放たれるために仏の道を説く者もいれば、復讐しようと一文字家の滅亡を眺めようとする楓の方のような悲劇的な人物を生み出していきます。仏教的に言えば、因果応報です。

最後のほうでこの映画の主軸となるセリフがありますね。若干説教くさくもありながら、人間の真理を言い表しています。「神や仏も救う術のない人の世」。これが人の世です。それくらい穢れているんです。この世は神も仏も見放した、という黒澤明のメッセージは僕の心にも響きました。

個人的に個性的な登場人物がいるなか、ピーター演じる狂阿弥の存在は際立っていましたね。秀虎の側で阿呆を演じながら、狂った大殿に対しては本音をぶちまける。だけど崖から落ちて本気で心配したり、大殿の死に涙するんです。

狂阿弥ってすごい名前だと思いません?長男、次男、三男なんて、ほとんど適当な感じの名前なのに、この狂阿弥だけ際立ってるんです。狂った阿弥陀のよう。本来悪人であろうと救う阿弥陀が狂ってしまうとしたら。それはなんとも醜悪な世の中です。でもそれこそがこの映画の趣旨です。

それにしても仲代達也のメイクは狂気とともに恐怖さえ覚えます。

 

「悪魔は誰だ」

オム・ジョンファ キム・サンギョン主演 チョン・グンソプ監督作品

 

【あらすじ】

15年前に起きた誘拐事件は時効を迎える。15年間必死に捜査をしていたチョンホは失意から辞職を願い出る。しかし15年目のある日、同様の手口で少女が誘拐される。

 

【感想】

スピーディなんだけど、早すぎて雑!演出も!!ただそんな雑さもスピードがあって黙殺されるという皮肉。

過去と交互に見せていく演出は良かったんだけども、オチの雑さと、とりあえずじいさんの瞬発力ヤバすぎ!!

とまあ、いろいろ書いてるけど、いい映画ですよ。何より犯人が序盤から現れているのに捕まえられない感じは良かったです。ハラハラもするし、展開も気になる。なによりも真相が気になったうえでの、あの切ないラストですからね。ただし、最後に少女を使って自白を強要し、別の容疑をでっち上げて懲らしめるっていうのはちょっとな、と。もちろん時効が切れているからこそ、罪を償わせる手段なんですけどね。ただね、その孫娘ってある程度記憶してると思うんですよ。子どものうちはどんな証言をしたって、子どもだから、とか、被害者だからといった理由で、証拠には値しないと思うんです。ただね、彼女が大人になったらどうです?たしかに祖父は最悪の誘拐犯だったかもしれない。だけど、自分は利用されたんだと気づくと、大人になって想像以上の痛みを伴うと思うんです。そこが個人的に感じるこの映画のオチの弱さです。

タイトルは秀逸だと思います。原作のタイトルはわかりませんけど、たしかに「悪魔は誰だ」ったんでしょうね?

 

author:トモヤムクン, category:-, 18:05
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小さな映画館 第106幕

「7番房の奇跡」

「老人と海」

「裏切りのサーカス」

「サイド・エフェクト」

「スイミングプール」

 

「7番房の奇跡」

リュ・スンリョン パク・シネ主演 イ・ファンギョン監督

 

【あらすじ】

知的障害をもつイ・ヨングは6歳の娘イェスンとふたりで暮らしていたが、ある日道に倒れている少女とふたりでいるところを目撃されてしまい、逮捕されてしまう。その少女は警察庁長官の娘で、捜査は素早く行われ、証拠も不十分なままヨングは死刑を求刑される。7番房に入れられたヨングは同じ受刑者とわかりあっていく。

 

【感想】

 

正直、大人イェスンと先生タイプです(真顔)

 

ああ、もうボロボロ泣いた。本当にラストは大泣きした。こういう表現って安易であんまり使いたくないんだけども、それくらい感動しちゃった。

この映画は韓国版「アイ・アム・サム」みたいなところもあるんだけども、それよりは少しコメディ寄り。本当に序盤から中盤にかけては笑いどころが多くて、出てくる登場人物が、犯罪者にも関わらず愛おしい。ヨングとイェスンの純粋な善がみんなに伝わっていく感じが本当に良かった。

それと同時に結構社会的な風刺も描かれています。割と韓国映画に出てくる警察っていうのは、横暴で人権を無視するようなところがあります。今回もロクな調査もせず、警察庁長官のご意向によってヨングという被害者出てしまいました。最後に弁護士となったイェスンがそうした捜査の横暴さを立証したわけです。

ところどころ突っ込みどころはあるんですよ、もちろん。だけどそんなことをお構いなしにしているのが、コメディである要素なんです。何よりも大切なのは親と子の絆です。そして伝染していく善です。人間の根っこはもしかしたら欲深い悪なのかもしれませんが、時折、善がひょっこり目を出したりします。だからこそ司法制度や個人的な感情が無罪である男の人権を奪ってはいけないんです。

 

この映画におけるイェスン役の少女は怪演でしたね。この子とリュ・スンリョンによって成り立った映画と言っても過言ではありません。

 

「老人と海」

スペンサー・トレイシー主演 ジョン・スタージェス監督

 

【あらすじ】

助手の少年もおりてしまった船で、ひとり老人は沖に出た。そこで老人は巨大なカジキと出くわす。

 

【感想】

面白いか面白くないかって言えば当然面白いんです。ヘミングウェイの傑作ですし。ただ、じゃあ映像として文学を超えたかっていうと個人的には疑問です。忠実に描いていたとは思うんですけども、どうしても原作を読んだものをそのままイメージにした感じです。いや、それどころか原作のほうがカジキとの死闘に迫力がありました。それに映像で勝負するなら、語りは本来不要なんです。それだったら原作で十分だ!と。ただ、文句は言っても、スペンサー・トレイシーの白熱の演技は見ものです。

 

老体になってしまった老人の体は、かつての栄光が薄れ、半身になってしまったカジキマグロと同じなんです。言ってしまえば自分との闘いなんです。何度も何度も諦めかけようとしましたが、それでもカジキも老人に応戦してくる。最後は結局第三者のサメがすべてを持って行ってしまい、気力を使い果たしてしまいましたが、それでも少年が再びいっしょにいてくれることで、「ライオンの夢」を見ることができました。

夢のライオン(野心or闘争心)、カジキマグロ(戦友)、サメ(敵)、少年(受け継ぎ生きていく意志)それぞれはこんな感じではないかな、と。

そして最後の旅行客はカジキだろうと、サメだろうと、何の骨であろうと無知で自然を知らない都会の人への皮肉だと思います。

 

「裏切りのサーカス」

ゲイリー・オールドマン コリン・ファース トム・ハーディ主演 トーマス・アルフレッドソン監督

 

【あらすじ】

東西冷戦下、イギリス機密情報部(通称サーカス)とソ連情報部は水面下で様々な情報戦を繰り広げていた。長年の作戦失敗や機密漏えいから、サーカスの長官コントロールは内部にスパイ「もぐら」がいると指摘した。「もぐら」の情報源と接触するために、サーカスのジム・プリドーをハンガリーに送り込むも失敗してしまう。責任をとってコントロールと彼の右腕だったジョージ・スマイリーは失脚してしまう。

 

【感想】

ゲイリー・オールドマンの渋さに惚れ、コリン・ファースの渋さにも惚れ、トム・ハーディの美しさに惚れ、ベネディクト・カンバーバッチの今見れば違和感のある金髪に惚れ、マーク・ストロングの「おまえプーチン(ソ連側)みたいな面してんな」とつっこんでしまった映画。

そして世の女性よ、歓喜せよ!

 

多分一度観て理解できる映画ではないです。どこにどういう伏線があって、ヒントがあったのか、二度や三度は観ないとわかりません。だから推理ものというよりも、絶妙な演出と演技、そして音楽を楽しむのでもいい映画です。

まあスパイ映画と訊くと、なんだか派手なアクションを期待してしまいますが、こちらは本物の諜報員のように、これといった小道具も使わず、地道な作業が多いです。

この映画は国家への忠誠か、それとも個人の感情か、を選択されているような映画です。常に誰かを裏切り、裏切られるような状況下で、どれだけ相手を愛することができるのか。

結局コリン・ファース演じるヘイドン。彼は「カーラ」の指示でジョージの妻に接近したり、同性愛の愛人であったブリドーを騙したり。意外性はなかったのですが、これで一層「カーラ」という大ボスの正体が気になってきます!

 

 

「サイド・エフェクト」

ジュード・ロウ ルーニー・マーラ主演 スティーブン・ソダーバーグ監督

 

【あらすじ】

うつ病を患っていたエミリーは、精神科医のバンクスが処方された新薬の副作用のために、夫を殺してしまう。医師として社会的信用を落してしまったバンクスは、エミリーの身辺を調査することに。

 

【感想】

 

精神科医のワトソン先生の患者はドラゴンタトゥーの女。

 

女の演技力怖いってなります。みんなジュード・ロウになります。髪の毛が、じゃないよ!

まあ、どんでん返しとかって言われると結構身構えるんで、割とエミリーが演技だな、っていうのはわかるんです。ただもしも、そうした前情報がなければ、エミリーの視点で映画は始まりますから、まるで彼女が被害者のように映ると思います。この映画のうまさはそこですね。

この映画は何も救われないんですよ。救われないっていうより、すっきりしない終わりなんです。なんていうか善人がいないというか、人間の意地汚さを見せつけられたというか。だからこそ誰にも感情移入できない。それが狙いなのかもしれませんが、映画が終わると、爽快感よりも不安な感情が残ります。これ、別に悪い意味で言ってるわけじゃないですよ。

もうね、みんな病んでるんですよ。というかウォール街も製薬会社も、妻も精神科医も、国も、みんな病んでる。病んでるからこそ、薬を求める。薬を投与すれば一時の安心を得られても、最後には強烈な副作用がある。「サイド・エフェクト」というタイトルは何重にも意味がとれるから、なかなかいいタイトル。

それにしてもジュード・ロウってかっこいいんだけど、こういう映画に出るとなんていうか地味な男性がすごく似合う。それなのに存在感があるし、まさに適役。

 

「スイミングプール」

シャーロット・ランプリング フランソワ・オゾン監督

 

【あらすじ】

人気作家のサラは創作に対する意欲がわかないでいたところ、編集長のすすめでフランスで生活をする。ある日、サラのもとに編集長の娘が転がり込む。静かな生活を壊されたサラだったが、次第に彼女と心を通わせていくことに。

 

【感想】

 

すごくミステリアスな映画だったんだけど、なんていうか、おっぱいの印象が強すぎて…。

 

正直なところデヴィッド・リンチ風味で好みといえば好みなんですけども、ただリンチを超えた、もしくは脅かす存在かと言われればそうでもない。確かにいろんな演出が工夫されていて興味深いけど、なんだかリンチの深みがない。

 

まずサラという中年の、どこか気だるい感じの女性と、ジュリーという魅惑的で奔放的な女性という、まったく対照的な女性が登場します。

さて初っ端からラストの解釈に移りますけど、そもそもジュリーという女性は存在したのか、どうか。個人的にはサラとジュリーは同一人物であり、本来サラが持っている、曝け出したい別の人格なのかもしれません。

ただし、いろいろと説明が難しくなることがあるんです。まずマルセルの娘の存在です。彼女はジュリーの母の死に対して酷く怯えていました。そして彼女はなぜ小人症で早老症でなくてはならなかったか?これが一番の疑問だったんです。はっきり言えば、僕もまだこの謎は解けていません。彼女は実在したのか?それともサラの空想の中の、何かしら象徴的なものなのか。

殆どが妄想だとするなら、その謎を解くカギのひとつは「マリファナ」です。彼女は服用していたのではないか、と。

いろいろ謎が多いんです。だから初見だと正直「?」というのが大多数の感想だと思います。また見返してみたい映画です。

 

 

author:トモヤムクン, category:-, 14:28
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